記念シンポジウム
−塗壁は人を幸せにする住環境を提供します−
木と水と土と紙
-日本の風土にあった、健康で安全な住まいづくりのために-
先人の知恵を見直し、日本の住文化について改めて考えてみると、住空間づくりには壁が大きく関わっています。
単に和風懐古趣味ではなく、日本の塗壁の素晴らしさを、幅広い視点で話し合いたい。
−このような趣旨のもと、塗壁シンポジウムが開催されました。
コーディネーター・パネリストは以下の方々です。
須藤眞志氏(法学博士・京都産業大学 教授)
昭和38年慶応大学法学部政治学科卒業。同大学院修士・博士課程修了。京都産業大学助教授を経て昭和55年同大学外国学部教授。他にスタンフォード大学等の客員教授を歴任。
現在、新聞・TV等のコメンテーターとして活躍。国連協会京都本部常任理事。『戦後世界の潮流』他著書多数。
田坪良次氏(京都市立芸術大学 教授)
京都市立芸術大学卒業。建築家上野伊三郎、意匠家リッテ・ウェノ・リックスに師事。現在京都市立芸術大学教授、環境デザイン。京都市美観風致審議委員。作品に天台宗知行院客殿、大河内伝次郎記念館、木屋町通、先斗町、御池大橋、四条小橋、他多数。
千宗守氏(茶道武者小路千家 第14代家元)
平成元年、第14代宗守を襲名。欧米の大学等での講演、政府派遣の文化使節として茶の湯を世界に紹介。平成9年、京都府文化功労賞を受賞。『利休とその伝統』等著書多数。
伊部京子氏(京都工芸繊維大学)
昭和38年京都工芸繊維大学卒業。同大学修士課程終了。平成7年同大学非常勤講師。昭和57年(株)シオン設立、代表取締役に就任。昭和49年より和紙造形分野で活躍。各地で個展を開くとともに科学万博つくば迎賓館正面壁をコーディネート。平成5年京都府文化功労賞受賞。
市田ひろみ氏(服飾研究家)
服飾研究家。市田美容室・市田アドプラン代表取締役社長。テレビCMの“お茶のおばさん”で一躍全国の人気者に。講演や民族衣装の研究で、日本各地、世界を駆け巡るなか、TVタレントとしても活躍するマルチ人間。著書に『しゃきっとしなはれ』、『京の底力』等がある。
池本考氏(社団法人 日本左官業組合連合会会長)
池本工業株式会社代表取締役。東京都左官組合連合会会長・全国防火建築推進協議会会長・全国左官タイル塗装業国民健康保険組合理事長。
須藤氏◆私自身、壁については素人なので、今日は、パネリストの皆さんのお話を伺いながら、交通整理と申しますか・・・進行役を担当させていただきます。では、早速始めたいと思います。皆さんの専門分野において、壁がどう関わっているか、又、壁をどのようにとらえておられるか、お話し頂きたいのですが、田坪さん、如何ですか?
田坪氏◆100周年おめでとうございます。私も建築家に弟子入りして勉強したことがありますので、壁にはとても興味があります。
まず、西洋のカベからお話ししますと・・・。皆さんよくご存知のように、スペインのバルセロナにサグラダファミリア教会という建築物があります。石とレンガを積み上げながら作るせいか、窓はどれも爬虫類の目のようです。内から空けるせいでしょうか、これには驚きました。まるで、壁の目が光っているような衝撃を受けました。外国では、窓のことをウインドーって言いますよね。
これには、窓とは違った、全く別の意味があります。ウインドーとはつまり、風と目のこと。風を通す目の意味なんです。“風を通す目”。言い得て妙ですよね。
須藤氏◆やはり、工法の問題でしょうか?
田坪氏◆西洋の基本的な技術は組石工法。窓を空けるのは難しいんでしょうね。壁を作るのはいいけど、窓を空けるとつぶれる。だから、あのような目のようなものになるんでしょうか。
ドイツの諺に「基礎と壁をしっかり作って、屋根をかけよ」、と言うのがありますが、これは、日本では全くあてはまりません。日本は全てが開口部で、柱と梁を組み合わせて作る軸組工法なのですから。基礎、柱ができたら上棟。そして屋根を作ります。まだ、壁はできていません。日本はまず、屋根が完成するんです。それに比べて西洋は大変。壁が先にできるのですからね。
須藤氏◆西洋が壁の文化なら、日本は屋根の文化と言うことになりますか。
田坪氏◆そういうことでしょうね。言わば、積み上げる文化と,組み立てる文化の違いでしょうか。西洋は壁から立ち上がって建物ができる。日本は屋根ができてから、家が完成する。又、日本では古来、柱と柱の間に建具を置いたり、間と間のあいだに戸を立てました。間と間のあいだにある戸ですから、間戸(まど)と言ったんです。石の壁で仕切る西洋とは違うんですよ。
壁で遮ることをしないかわりに、戸を立てたり、障子を入れたり屏風を考案したりと、日本人は平安時代のあたりから、いろいろと工夫をしてきました。このことからも、私は壁は、建具のひとつとして生まれたと考えています。
須藤氏◆有難うございました。続きまして、日本の伝統文化の中心、お茶の世界で活躍されている宗守の日頃のお考えを伺いたいのですが・・・。お茶と壁、どのように思われますか?
千氏◆田坪先生の西洋のカベと日本の壁との違い、良いヒントを頂くことができました。私は朝から晩まで壁に囲まれて暮らしているのですが(笑)、茶室(の壁)は、わび茶の大成者・千利休が完成したと言われています。約四畳半の茶室。その壁は閉鎖性を確保するためのものだったと思います。
なにしろ、日本の家屋は、紙と木と土でできていますから、障子一枚、間にあっても遮断することはできません。単に空気を遮っているだけで落ち着くことはできません。しかし、茶の湯は、そのその辺から生まれたといえるのではないでしょうか。茶の湯というと、山里で一人静かに沈思黙考する。こんなイメージをお持ちの方が多いのですが、決してそうではありません。利休は大原三千院や琵琶湖の奥里で茶の湯をやったでしょうか。そうではないでしょう。秀吉について、戦の場でもやりました。最高の喧騒の中で行ったのです。
こんな話があります。昔、あるお公家さんが、山の中でお茶を点てたらいいだろうと、山奥へ行きました。しかし、ストレスを癒すことはできませんでした。このお公家さん、どうしたと思います。当時、人口25万の世界でも屈指のこの京の町の中でやったのです。人も訪ねてくるし、通りの従来も激しい。そんな中で、茶の湯を楽しみました。集中力の勝負です。市中の茶室でやっていると、ストレスがなくなったといいます。
須藤氏◆すごいですね。しかし、物理的には落ち着かないのでは?
千氏◆そこで壁を塗りこめたのです。外の世界とは違った別世界を構築するために。・・・・・これが茶室の成り立ちです。
須藤氏◆山奥ではなく、市中にあって、茶の湯を楽しむ、心をリフレッシュさせる。素晴らしいですね。
千氏◆いかに喧騒が聞こえてきても、ここは別世界である、との思い(精神統一)があったのでしょう。例えば、禅宗の寺院には結界(境界)というのがあります。仮に紙(障子)一枚でも、別世界なんですね。
障子の向こうには、和尚さんがいる。障子1枚隔てて小僧達が和尚の悪口を言う。聞こえていても怒らない。怒るようでは修行が足りないと思っているから、小僧もそれを承知の上だ。実にいい呼吸でしょう。つまり障子1枚衝立ひとつで仕切ってあるだけでも別世界なのです。お茶室でも、青竹が1本、ポツンと置いてある場合があります。これも、立派な壁なんですね。ここから先は別の空間だと表示しているのです。
さしずめ西洋なら、鉄板とか石とかで、全く聞こえないように、又、見えないようにしてしまいますね。ところが、日本人は、わざと紙や土で作るんです。物理的に音を完全に遮断することは無理ですが、精神世界は十分に確立できるのですから。
こういった日本人の精神のパラドックスを利用したのが茶道であり茶室。その演出効果を助けてくれるのが壁なんですよ。
須藤氏◆宗守のところで、味わい深い壁を拝見するたびに感服してしまいます。次に伊部さん、和紙造形家として、紙の文化と組み合わせながらお話し頂けますでしょうか。
伊部氏◆私、日々これ、紙と悪戦苦闘しながら物を作っています。会場の方々も物作りをされている方ばかりなので、知ったかぶりはできませんが・・・(笑)、インテリアとしての壁について少しお話させて頂きます。
私、土壁が大好きで、日本の家屋には、木と紙と土。これらほど大切な構成要素はないと思っています。
伊部氏◆先程、千さんのおっしゃったこと、なるほとどと思います。茶室には、天井、床、壁以外にほとんどなんにもないですもの。不用なものを削ぎ落としてきた、日本人の美意識を見る思いがします。
アメリカとは全く逆。と申しますのは、私、シカゴを中心に仕事をしていますが、彼らのインテリアデコレーションとは発想が完全に違います。彼らは空間を埋めることに、華美に飾りたてることにポイントを置いているように思えます。ところが、日本の場合は、いかに空間を作るかが基本。あっちへ行くとそりゃもう大変ですよ(笑)。
日本の家屋は、木と紙と土、つまり一番自然に近いものから作られている、というご意見が出ていますが、私もそう思います。ただ、ひとつ付け加えさせて頂きたいのは、日本の美しい水。木と紙と土、そして、水があるからこそ、又、自然の恵みを巧みに活用したから、日本独特の繊細な文化や工芸が生まれたのではないでしょうか。だって、日本の家屋(空間)は、あちらのように、ゴテゴテと飾り立てなくても、天井、壁、床・・・・・それがあるだけで十分に美しいんですもの。
私個人としては、紙の特性を生かして、いかに土壁に近づくかが課題です。そして、いかにしてアメニティーを高めるか、それも、リーズナブルに。これからも、物作り人として、日本の自然風土にあった、環境に害を与えないもので、室内を構成していきたい。このように思っています。
須藤氏◆世界を股に駆ける和紙造形家として、すごい意気込みですね。
伊部氏◆そんなことはありませんよ(笑)。ただ、日本の伝統技術を守り続けておられる皆さんのような方がいらっしゃるので、心強いことは確かです。私も時折、建築現場に入っておりますので、よろしくお願いします。いろいろと勉強させて下さい。
なお、住まいの問題は世界共通ですので、体に害を与えない、いい素材によって、快適性を高める努力をしていきたいと思います。
須藤氏◆さっき、日本とアメリカのインテリアに関する考え方の違いについておっしゃいましたが・・・・・・。
伊部氏◆全く違いますね。申し上げましたように、日本のそれは、空間を生かす。何もないところに総てある。何もないような工夫を重ねている。しかし、アメリカは、少しでも壁に空いているスペースがあると、写真などで埋めようとする。国民性や感性の違いなのでしょうか。
向こうでの笑い話をひとつ披露しましょうか。ある豪邸の主の方から、依頼があったんです。「この家をどう思うか、君なら何をしてくれるか、何ができるのか」って。私、即座に、「私にできることは、少しでも家の中から物をつまみ出すこと。整理して、空間を作ることしかありません」と申し上げました。それっきり、何も言ってきません(笑)。
須藤氏◆私も、外国生活の経験があるので、よく分かります(笑)。
伊部氏◆最近では、デコレーションしない、空間を生かす、という日本の美学が、世界の人々の共感を集めています。今こそ、自然の素材を使った伝統の技の出番だと思います。健康、安全、自然、手作り・・・・・・。世界の人々が待望するあらゆるキー・ワードを持っているのが塗壁であり左官の技術なのですから。もし、機会がございましたら、ぜひ皆様とご一緒にお仕事をさせて頂きたいと思います。
須藤氏◆お話し頂きました、3人のパネリストの話には共通性を感じます。安心、安全な素材を使って快適な空間をいかにして創造するのか、という。ところで、池本さん、業界のトップとして、今のお話をお聞きになって?
池本氏◆千宗守さんは、「壁に囲まれて40年」とおっしゃいましたが、私は「壁を塗って50年」(笑)。私の左官人生から見た、壁の変遷をお話したいと思います。住まいの壁は外部と内部を遮断し、プライバシーを守り、暑さ寒さを避け、音や熱を吸収したり、調整したりするものですが・・・・・・。その壁には、先人達の素晴らしい知恵が結集されています。
例えば、法隆寺の金堂、又、五重塔。この壁の土には、ガマの穂など植物繊維が混ぜられています。正に合理的。素晴らしい工夫です。しかし、昭和39年の東京オリンピックの前後から、壁の工法は変わってきました。従来の湿式工法から、現在の乾式へと。そして、ずいぶん薄くなりました。経費や工期の点から見ると無理の無いことかも知れませんが・・・・・・。
しかし、日本の高温多湿な気候風土にマッチし、吸湿性のある塗壁を用いなくなってから大変なことが起こってきました。シックハウス症候群です。ボードや合板、ビニールクロスなどの新建材から発生する有毒ガスの問題です。それらは、人間の体を汚染し、子供のアレルギー、小児喘息、アトピーなどの誘因となるのです。ここで詳しくお話しなくても、皆様周知の事実。塗壁が最も理想的だということは言うまでもありませんよね。
須藤氏◆私も塗壁の良さは、よく存じておりますが、何か新しい動きでも?
池本氏◆二、三、例をあげてみましょう。以前、塗壁についての講習会を東京で行なったところ、実に大勢の主婦の方が来られました。皆さん、お子さんの健康を考えてのことです。又、最近、マンションに塗壁が採用されるなど、その良さが再認識されてきました。
無機質の天然素材を使い、吸湿性にすぐれた塗壁は、ビニールクロスなどによる壁と、コスト的にも、そう大差はありません。PRになりますが(笑)、健康に良い塗壁が沢山出ています、ぜひ早めにリフォームをお考え頂き、複合汚染のない、健康的な住まいにされるよう願っております。
須藤氏◆本当にそうですよね。現在、世間を賑わせている環境ホルモンにしても、どんどん蓄積されていくんですからね。親から子、子から孫へと。今の私達には、目に見えるような、そうたいした影響はないにしても、子孫には多大な悪影響を与えるでしょから。
今日のシンポジウムのテーマではありませんが、私達一人ひとりが、今こそ「健康で安全な住まいとは何か」を、真剣に考えるべきだと思います。いつも、壁に囲まれていらっしゃる宗守、何かありましたら?
千氏◆茶室は、精神的なもの(結界)を創造する場所ですが、それを支えてくれるのは壁。特別な茶会の時には、壁に水をかけるんです。夏でも冬でも。そうすることによって、花が生きてまいりますし、最上のもてなしのひとつとされています。聚楽壁だからこそですがね。
西洋だと、シミになる、カーペットが濡れるってことになるんですが。この壁に水をかけるというのも、利休の考えた演出です。
茶室の壁は、帯がすれた傷もついていますが、それはそれで、いい趣があります。西洋ですと、すぐに貼りかえるんでしょうね・・・・・・。水を打つと、傷までもが光ってくるんです。
須藤氏◆正に、日本の土壁ならではですね。匠の技ですね。季節や時間などによって、表情が微妙に変わるのもいいですね。しかし、塗壁には、いくつかの問題もあります。現在、後継者不足というのは、どうでしょうか。
池本氏◆左官という伝統の技術に対して、熱意のある若い人が増えてきていますので大丈夫です。又、京都左官協同組合のアンケートを見ておりましても、「土壁は日本の風土にあっているか」という問いに対して、約92%の人が「適している」と答えて下さっています。東京では、ここまでいかないのですが(苦笑)。やはり、伝統の町・京都ですねぇ。
須藤氏◆他に、何かアピールされたいことがございましたら?
池本氏◆かねてより申し上げておりますように「健康のために体に良い塗壁を!」と言いたいですね。これは、私の半世紀に及ぶ“塗壁人生”を支えてきた口癖であり、哲学です。
須藤氏◆最後になりましたが、市田さん。組合に対して、何かありましたら? 先の基調講演で、土の家に住む非常に健康的なアフリカの人々のお話や、キモノと塗壁、その共通する良さを伺ったのですが・・・・・・。
市田氏◆私、思いますの。キモノの世界と左官屋さんの仕事は全く同じだって。キモノも現在では古典柄はさっぱり売れません。若い人は、「古い」ととるのでしょうね。ですから私は、常に新しいものをと願い、めざしています。左官業の方々も、伝統の技を守りながら、発想を転換し、新しい提案を積極的にされたらどうでしょうか。
それと、組合のこれからの100年を支えるのは職人さんしかいません。その基本が、技術の伝承であり、人作りではないでしょうか。かつては、親方と弟子は一緒に暮らしていました。
そうすることによって、人間関係を築き、心と技を伝えたものです。現在では難しいですが・・・。どうぞ、未来のために、業界の発展のために、ぜひ、技を、その前に先達の皆さんのハートを、後に続く人たちのために伝えて頂きたいと存じます。−−−今日は、壁のもたらす空間の美意識、又、池本さんの説得力のおありになる塗壁の良さを、大変楽しく拝聴しました。今まで100年の歩みを、後世に残して頂きますよう、心からお祈りしています。
私も、日本の民族衣装であるキモノの素晴らしさを守り伝えたいと思います。
須藤氏◆塗壁ほど、日本の気候風土にあったものはありません。“夏涼しくて冬暖かい”。こんな理想的とも言える塗壁を、あなたのお宅でも、ぜひ如何でしょうか。
ご講演頂きました市田ひろみさん、長時間お付き合い賜りましたパネリストの方々、本日は、どうも有難うございました。どうぞお元気でご活躍下さい。技に生きる組合の皆様方の今後にご期待申し上げます。